面白かった映画選2021

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今年は134本見た。ドラマもけっこう見たので、合わせて映像作品に触れていた時間はここ数年間でいちばん長いかもしれない。

Tumblr時代から毎年恒例の「面白かった映画選」も今回で8回目。大学に入ってから8年近く経ったということでもある。

以下、2021年の面白かった7作品をご紹介。

 

小林正樹切腹』(1962) ★4.8

おっさんたちがハラキリしたりしなかったりする。

まずもって主題となるのが世界に名だたるニッポンの奇習なだけに、避けがたい緊張感がある。腹に食い込む刃の重みが触感的に伝わってきて、始終ハラハラする映像だ。前後移動や水平移動を繰り返すカメラも、突き刺し、切り裂く運動をなぞっており、サブリミナルなレベルで鑑賞者をヒヤヒヤさせる。

「腹切るだけで2時間ちょいもかかるのかよ」と思っていたが、プロットも目が離せない。『羅生門』(1950)的なミスリードの連鎖は力強いし、回想を通して多くの動きがあるので、中だるみがぜんぜんない。仲代達矢がずっと「はて?」みたいな顔をしているので私はすっかり騙され、後で「実は知り合いでござる」となったときにはぶったまげた。なによりこの映画の魅力は、仲代達矢三國連太郎の小気味よい掛け合いだろう。この口喧嘩の熾烈さに比べたら終盤のちゃんばらは冗長なぐらいだ。

やがて明らかになるように、本作は一貫して武士道的な精神性への攻撃に費やされている。そして、その批判のための方法として選ばれている主題が切腹という点からして、モダニズム的な構造を持った作品だ。ジャン=ピエール・メルヴィルの『サムライ』(1967)もかっこよくて感じの良い映画だが、武士道の扱い方はあまり気が利いていないので、相対化させるのに本作はもってこいだろう。

 

マーティン・スコセッシシャッターアイランド』(2009) ★4.6

ディカプリオという役者は、情緒不安定な役が似合う。『タイタニック』(1997)における王子様キャラはいわば前フリであり、理不尽な目に遭い、眉間にシワを寄せ、半泣きになる演技こそ彼の真骨頂だろう。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)はそんなに特筆すべき傑作でもないのだが、ディカプリオが女の子の前でなんか泣いちゃうところは、抜群に良かった。『インセプション』(2010)も、ディカプリオによる内省という主題がなければ、はるかに凡庸な作品となっていただろう。

本作では、犯罪捜査で監獄島にやってきたディカプリオが、ひどい目に遭う。「信用できない語り手」の教科書的な作品で、関係者が揃いも揃ってきな臭い。看守は協力的でないし、患者たちは文字通りに精神異常者で、話せど話せどらちがあかない。細かい伏線まで丁寧に配置された、優れたミステリーだ。この後挙げる『暗殺のオペラ』みたいに、遊びのあるミステリーも楽しいが、本作のようにどストレートなミステリーもうれしさがある。ジャンルものは、沿っても逸れても面白いので大好きだ。

 

ラース・フォン・トリアードッグヴィル』(2003) ★4.5

前期の講義の打ち上げで「どういう映画を面白がるのか」という話になったときに、「極端なものが好きだ」という話をした。極端に怖いとか極端にグロいとかなんでもいいが、ある感情の閾値のずっとずっと向こうにぶっ飛ばされて戻ってこれなくなるような、そんな映画が好きなのだ。

ドッグヴィル』も極端な映画だ。極端に嫌な気持ちにさせられる。クソ田舎の村に逃げ込んできたニコール・キッドマンが受けるOMOTENASHI。人はここまで醜悪になれるのかというエピソードの連続で、フォン・トリアーらしく極端に人間不信な物語だ。「愛は負けても親切は勝つ」と書いたのはカート・ヴォネガットだったはずだが、親切はひと押しさえすれば搾取に転じる。そんなこと知りたくなかったし、そんなことを物知り顔で語る人はよほど意地が悪いと思うのだが、それも含めてフォン・トリアー映画の極端さは癖になる。

舞台に白線を引いて、その上に家や公共施設があるテイで演じるという形式も、よほどクセなので見ていて面白い。

 

コーエン兄弟ノーカントリー』(2007) ★4.5

2021年でもっとも記憶にこびりついたダークヒーローといえば、『ノーカントリー』の殺し屋シガーだろう。改造エアガンとサプレッサー付きのショットガンを携え、縦横無尽の大立ち回りを見せる。よくよく考えれば、この殺し屋の行動原理に一貫したものはほとんどなく、平気で人を殺すかと思いきや、自分なんていつ死んでも構わないと言わんばかりに体を張る。怪我ひとつせず仕事を全うするタイプの殺し屋より、自分なんてどうなってもいいのでありとあらゆる手を尽くして殺す工夫をしてくるサイコパスのほうがずっと怖いのをよく分かっている。ジョニー・グリーンウッドみたいな髪型もいい。

主人公は主人公で、人からくすねた大金を意地でも返さず、危険度が上がれば上がるほど闘争心を燃やしていく性分が、すごくマッチョでグロテスクだ。どいつもこいつも本気で傷つけ合うが、ほんとうはそうする必要がほとんどないような闘争でしかなく、そこに直接的な暴力とは別の痛ましさがある。あれだけ血が流れても、荒野ではものの数時間でカラッと乾いてしまう。

 

ベルナルド・ベルトルッチ『暗殺のオペラ』(1970) ★4.7

ベルトルッチのことはまだなにも分からない。どの映画も細部までバッチリ詰められているのだが、主題的にも方法的にもベルトルッチらしさというものが理解できていない。あるいは、そうやって作者性を持ち出して批評することに困難があるような、ドライヤー的な監督なのかもしれない。作品ごとに、目指しているものがかなり違うように思えてならないのだ。

暗殺のオペラ』は、謎の死を遂げた父の故郷に、同じ名前を持つ息子が訪ねてくる話。迷宮的なプロットはなんだかマジックリアリズムな口当たりで、ジャンルもの(whodunit)のフォーマットをとりつつも、そのお約束が歪んでいくさまはポール・オースターの小説みたいでもある。原作はボルヘスらしい。画面はバチバチでいけてるのだが、いい意味でやたらとわざとらしく、そのわざとらしさも含めて問題としているような、そういう意味でポストモダンな光沢を持っている。真実を真実として取り上げることが困難なのは、映画においてそうなのではなく、現実においてすでにそうなのだ。

 

勅使河原宏『他人の顔』(1966) ★4.8

安部公房原作。『砂の女』(1964)もいい映画だったが、『他人の顔』はもう一段と気合の入ったホラーだ。そのおぞましさはレビューでも書いた通り、身体のホラーにフォーカスしているからだろう。映画における肉体的なものの力強さについてはフレドリック・ジェイムソンも書いていたはずで、あれはジェイムソンの主張のうちでもとりわけイメージしやすいものだった。映画は、愛を語るよりも身体について語るのに向いている。

顔のない男が、マッドサイエンティスト作の顔面シートを貼り付けて、自分の妻を誘惑しようとする話。その実存に関わるしゃらくさい哲学的思弁はわれわれ見る側が云々言わずとも、主人公と医者がこれでもかと雄弁にしゃべってくれる。とはいえ、そういうコンセプチュアルな部分を拾わずとも、ホイッスラーを思わせる構図の妙はそれだけで気持ちのいいのものだ。サーカス的な映画はやる側に少しでも恥じらいがあるととても見てられないのだが、本作は振り切った「見世物」で清々しい。

 

シャンタル・アケルマンブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン』(1975) ★5.0

2021年は『ジャンヌ・ディエルマン』が見れただけで大満足だ。シャンタル・アケルマンの代表作にして、スローシネマやフェミニズム映画の先駆的作品。

延々と家事に取り組む女性の姿を通して反省を促されるのは、生活そのものの不可能性であり、救いのなさだ。スローシネマを、その名称にも関わらずスローフードやらスローファッションと異質な運動にしているのは、貧困やマイノリティであることの緊迫感であり、にも関わらずなすすべのないやるせなさである。せわしない後期資本主義社会におけるリラクゼーションという側面は、この著しく退屈な映像を矮小化して価値づけるものでしかない。

ジャンヌ・ディエルマンは、すでに屈辱的で非人間的な境遇に置かれているが、それでもなお日々のディテールにおける「ささやかな幸せ」を感じている。具体的には、朝に淹れたてのコーヒーを飲むとか、喫茶店でお気に入りの席に座るといったディテールだ。この映画では、しかし、そんな最後の防波堤までがひび割れ、崩れていくのだが、それも誰かのせいというわけでもなく、生活そのものの引力として自壊していくのだ。本作における受難は「丁寧な暮らし」を木っ端微塵にするほどショッキングなものであり、「考えさせられる」というにはあまりに救いがない。その味わいは『牯嶺街少年殺人事件』(1991)にも似たもので、私が物語映画にもっとも求めているものなのかもしれない。

 

その他、思い出

冒頭にも書いたが、2021年はけっこうドラマを見た。『ツイン・ピークス』と『クイーンズ・ギャンビット』と『イカゲーム』は通して見たし、『DARK』はシーズン1まで、『ストレンジャー・シングス』はシーズン2まで見た。『ツイン・ピークス』と『ストレンジャー・シングス』は途中から惰性で見ていたので、別の映画でも見とけばよかった。『DARK』はシーズン1の途中までめっぽう面白かったが、途中からだらけてきたので中断する決心ができてよかった。『クイーンズ・ギャンビット』はアニャが可愛かっただけでなく、ドラマとしてふつうに面白かった。『ラストナイト・イン・ソーホー』はアニャが可愛いだけだったが。

見なかった映画の話:『ドライブ・マイ・カー』は完全に乗り遅れてとやかく言うタイミングを逃したのがきびしい(が、1月中には見る予定である)。ケリー・ライカート特集もよほど行きたかったが見逃してしまった。『やさしい女』のリバイバルをすっかり見逃したのはかなり悔しいので、ジャック&ベティでどうにかキャッチするつもりだ。『DUNE』は楽しみだったが、2時間半もあるのにまだまだ続編があることに萎えたのと、そんなに評判よくないということで見なかった。

見たい映画:今年は、タル・ベーラの初期作品特集を忘れずに見に行きたいのと、(予告編が目の錯覚でなければ)これもイメージフォーラムでやるらしい『マルケータ・ラザロヴァー』を見に行きたい。すごく忘れそうだが、ブレッソンの『湖のランスロ』『たぶん悪魔が』も劇場初公開するらしいので、どうにかして行きたい。

 

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