Barbara E. Savedoff "Escaping Reality: Digital Imagery and the Resources of Photography"(1997)

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デジタル写真に関する議論で、よく引かれているサヴドフ論文(1997)。

「デジタル画像編集技術の普及によって、写真一般の信憑性が下がっちゃうぞ!」というのが大筋。

とりわけ、芸術写真における写真表現にフォーカスしている。アンリ・カルティエ=ブレッソンにとっての「決定的瞬間」が、簡単に「作れる」ようになってしまった時代、写真はどうなっちまうのか、という話です。

(言及されている写真や絵画には、適当なリンクを貼っています) 

 

  • 0.イントロダクション
  • 1.写真にできること、できないこと
    • 写真の特徴とは
    • 異化と写真の美的衝撃
    • 空間の分裂
    • 反射を用いた空間分裂
    • 時間の凍結
    • 絵画の強み
    • 写真修正の問題
  •  2.デジタル技術の衝撃
    • デジタル技術の登場
    • デジタル技術がもたらしたもの
    • 不信の累積
    • 写真一般の美的失墜
  • 感想&コメント
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面白かった映画選2018

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あけましておめでとうございます。

5年目の「面白かった映画選」です。

2018年は115本観ました。

10月以降は研究が楽しくて、3ヶ月で10本しか観ていないという舐めプをかましています。2018年は新作もあまりチェックしていないので、ミニマルなリストになります。

 

例年通りランク順ではなく、観た順です。

いきます。

 

 

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レジュメ|ケンダル・ウォルトン「透明な画像」(1984)

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写真論の研究ノート、第二弾。

今回は初心に返って、ケンダル・ウォルトンの「透明な画像」(1984)を読み直しました。

Walton, Kendall L. (1984). Transparent Pictures: On the Nature of Photographic Realism. Critical Inquiry 11 (2):246-277.

 

分析美学における写真論としては古典中の古典。論文としては2003年に山形大学清塚邦彦さんが紹介されているが、翻訳はまだ出ていない。……誰かやりませんか?

 

本論文は「写真は透明である」と宣言し、予想される反論に対し応答しつつ、写真のメディウム・スペシフィシティを論じていくもの。

メディウム・スペシフィシティとは言っても、ウォルトンの議論はクレメント・グリーンバーグロザリンド・クラウスらがやっていたような、いわゆる「モダニズム」「ポスト・モダニズム」に与するものではない。あくまでも日常的な直観によりそった、実践の分析を通して、写真というメディアのありかたについて語る。The「分析美学」といった感じで、このフィールドにおける議論の仕方についても、大変勉強になった。それから英語が易しい(重要)。

 

どんなもんか、見てみましょう。

 

  • はじめに
  •  1.写真的リアリズムについて
  • 2.写真は透明である
  • 3.「写真を通して見る」と「虚構的に見る」の区別
  • 4.「透明性テーゼ」への反論と応答
  • 5.反事実的な依存関係
  • 6.自然的意味と非自然的意味
  • 7.「写真的な構築物」の問題
  • 8.知覚の構造と世界の構造におけるアナロジー
  • 9.余談とまとめ
  • 主要な反論の紹介
    • ①「写真は絵画と同じで、透明ではない」
    • ②「写真は透明だが、絵画も透明だ」
  • コメント
    • 参考文献

 

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